昨今、かなり普及してきたEthernet技術の1つに「PoE(Power over Ethernet)」がある。要するに、Ethernetケーブルを利用して、データ通信と一緒に電源まで供給しよう、という仕組みだ。
 このPoEは3世代あり、現在は以下が標準化されている。それぞれPoE、PoE+、PoE++と呼ばれているが、今月はまずPoEについてご紹介したいと思う。

名称

標準化名

策定時期

最大供給電力

PoE

IEEE 802.3af-2003

2003年6月

15.4W

PoE+

IEEE 802.3at-2009

2009年9月

30W

PoE++

IEEE 802.3bt-2018

2018年9月

90W
1999年3月に「DTE Power via MDI」の名称で標準化が始まった「IEEE 802.3af」
 PoEに関するCFI(Call for Interest)が出されたのは1999年3月のことである。当初はDTE Power via MDIなんて名前で呼ばれていたこの規格、当初の目的はウェブカメラやEthernet Phone(!)、アクセスポイントなどを外部電源なしで稼働させることを目的としていた。
このCFIを提起したのは、今はなき3Comへ当時所属していたDavid Law氏。ちなみにLaw氏は現在HPEに在籍している
 この1999年3月に、IEEE802.3 DTE Power via MDIという名称でStudy Groupが結成され、2000年3月にはIEEE802.3af DTE Power via MDI Task Forceに移行する。以下がそのTask ForceのObjectivesとなる。
RJ-45を使う、それ以外の1対の配線についても考慮する、というあたりは、ちょっと欲張りすぎだった気がしなくもない
 この目的は、この時点で普及していた「10BASE-T」と「100BASE-TX」のEthernetケーブルを経由して電源を供給できることで、「1000BASE-T」については“考慮する”という扱いだった。また、既存の配線に悪影響を与えないことも挙げられ、CAT 3とCAT 5ケーブルが主な対象との扱いになった。
 このObjectivesには具体的な電力そのものは明記されていないが、これはなにぶんにもこの時点では、まだPoEに対応したデバイスが世の中に一切存在しなかったから、決めきれなかったという側面もあるかと思う。
PoEの供給電圧や配線は?
 ちなみに、Study Groupの最後のミーティングでのStraw Pollを紹介してみよう。Straw Pollだからこれで何かが決まるわけではないが、この時点でのTask Forceのメンバーが、どんなふうに考えていたかが見て取れる。
電源供給の配線とSensingの配線は同一でいい:32分けるべき:0どちらでもいい:1
供給する電源は直流を供給すべき:34直流を供給すべきではない:0交流を供給すべき:3交流を供給すべきではない:17もう少し検討が進まないと判断できない:18
供給電圧はISO 950(ISO IEC 60950-1)のSELV(安全特別定電圧回路)の電圧内であるべき:39ISO 950のSELVを超えてもいい:0分からない:0
最大電圧はおおむね40V DC以下:25ISO 950のSELVの限界:9どちらでもいい:7
電力配線は1,2,3,6番ピンを使って伝送:104,5,7,8番ピンを使って伝送:13どちらも方法もサポートするべき:3棄権:3
供給電力は5W:07.5W:010W:815W:920W:225W:0
最小供給電力は5Wで十分:45Wは少なすぎる:198Wで十分:138Wは少なすぎる:310Wは少なすぎる:3
IEEE 802.3af-2003で定められた電源供給の仕組み
 さて、この後どんな経緯で規格が定まっていくかを延々と説明しても仕方がないので割愛し、最終的にIEEE 802.3af-2003で定められた電源供給の仕組みをまとめてみたい。
 比較的分かりやすいのが10BASE-T/100BASE-TX向けの構造である。先のStraw Pollに、電力配線をどうするか? という議論があったが、最終的にAlternative A(1,2,3,6番ピンを信号と電力で共用)と、Alternative B(4,5,7,8番ピンで電力を供給)の2種類がサポートされることになった。
このケースでは左が給電(PSE:Power Source Equipment)、右が受電(PD:Power Device)となる
 Alternative Aの場合、PSEの出力は1,2番ピンのトランスの中段、それと3,6番ピンのトランスの中段にそれぞれ接続されており、4,5番ピンは空いている。PD側はやはり1,2番ピンのトランスの中段と3,6番ピンのトランスの中段から電力を受け取るかたちだ(PD側は4,5,7,8番ピンにもつながっているが、その先が空いている)。
 一方、Alternative BではPSEの出力が4,5番ピンと7,8番ピンにつながり、ここから直接給電する格好になっている。
 元々10BASE-Tにしても100BASE-TXにしても、信号そのものは差動式、つまり遂になる信号線の電位差で決まるので、絶対的な電圧が高くなっても信号速度そのものには“基本的には”影響がない。その一方で電力そのものは信号側の電圧中点を利用して送る仕組みになっている。
 ちなみに上の図では、PSEとスイッチングハブが一体化された構成となっているが、以下の図のように、非PoE対応のスイッチに後付けで電源供給ユニットを挟み込んでPoEを実現することも可能だ。
Midspan Power Insertion Equipmentが、後付けの電源ユニットである
 そして、これを1000BASE-Tに拡張した例が以下の図だ。Midspan Power Insertion Equipmentそのものには違いはない(厳密に言えば、4対の信号全てを接続状態にする必要があるのがちょっとした違い)であるが、原理から言えば10BASE-T/100BASE-TXの場合と全く同じである。
こちらはPSE一体式の図はないが、理屈としては同じこと
PoEにおける4つの電力クラス
 ちなみに、最終的な供給電圧は48V(最小44V、最大57V)となるが、これをいきなりPoE非対応のPDにつなげた場合、当然破壊の危険性がある。そもそもIEEE 802.3af-2003では、最終的に以下4つの電力クラスが定められており、これにあわせて供給を行う必要がある。

クラス

最大電流

PSE側電力

PD側電力

Class 0

400mA

15.4W

13.0W

Class 1

120mA

4.0W

3.84W

Class 2

210mA

7.0W

6.49W

Class 3

400mA

15.4W

12.95W
 そこでPoEには、PSEの先に機器が接続された場合、まず機器を検出し、次いでクラス識別を行ってから電力供給を開始する仕組みが実装されている。
 機器認証では、そもそも相手がPDなのか否かを確認する。これはまず低い電圧(2.8V~10V)を500msの間に印加し、その際に流れる電流から、相手の機器が25KΩの識別用抵抗を実装しているかどうか判断することで行っている。
 ここで電流値がおかしい、つまり識別用抵抗を実装していない場合は、そもそも電力供給を行わない。相手が識別用抵抗を実装していた場合は、今度は15.5V~20.5Vの電圧を6~75msの間に供給し、その際に流れる電流値を測定してクラスの特定を行う。
 以上のシーケンスが完了してからおよそ1秒(厳密には最大900ms)後に、給電が開始されるという仕組みで、非PoE対応機器に48Vを供給することを防ぐとともに、正しい電力供給を行えるようにしている。
 ちなみに資料をあちこち探してみたが、なぜClass 0とClass 3がいずれも最大400mA供給なのかだが、Class 0はデフォルト(必須)扱い、Class 1~3はオプション扱いとなっているためだ。
 余談だが、今Class 0~3までの4つのクラスと書いたが、実は5つ目となるClass 4も定義されている。ただしこれは\”Reserved for future Use\”となっており、また扱いはClass 0に準ずるとされているため、実際には4つのクラスしかないのと同じだ(これが変わるのは、次のIEEE 802.3at-2009である)。
 もう1つ余談をすれば、少なくともIEEE 802.3af-2003に関してはケーブルの制限がない。もちろん制限がないとはいっても前提として10BASE-T/100BASE-TX/1000BASE-Tが利用できるのが前提なので、CAT 3/CAT 5/CAT 5eのいずれかという話になるが、少なくともIEEE 802.3af-2003のレベルで言えば、10Mbpsで済むならCAT 3、100Mbpsで済むならCAT 5のケーブルを引き続き利用できることになっている。
 もちろんCAT 3の場合、実際には4本しか信号線がないものも存在する(もうさすがにほとんど使われてないと思いたいが、少なくともかつては存在した)。現実問題として、こうした問題が出ることは、現在ではほとんどないと思うが、その場合はAlternative Bの構成では利用できないことになる。 「10GBASE-T、ついに普及へ?」記事一覧【技術編1】【技術編2】【技術編3】10GBASE-Tの基本仕様とは?【歴史編1】【歴史編2】【歴史編3】10GBASE-Tの普及状況【実用編1】PCIe帯域幅とストレージ性能が落とし穴【実用編2】10GBASE-T/1000BASE-T混在時の問題はMTU【実用編3】Windowsで高速さを活かすには「RDMA」【実用編4】CAT5ケーブルのままで使える2.5G/5GBASE-T【実用編5】さらに高速化! 25G/40GBASE-Tの普及は?#series-contents .current-page { font-weight: bold; }「光Ethernetの歴史と発展」記事一覧10BASE-Tと同じ仕組みの光ファイバーで最大2kmを実現「10BASE-F」屈折率で伝送距離が異なる「光ファイバー」の材質と構造最大100Mbpsながら伝送距離の異なる「100BASE-FX」「100BASE-SX」などの各規格実効1Gbpsに到達した「1000BASE-SX/1000BASE-LX/1000BASE-CX」拠点間接続に用いる「1000BASE-X」の各種関連規格低価格な光ファイバーで1Gbpsを実現する車載向けがメインの「GEPOF」10Mbpsの「MII」から1000MbpsのCisco独自規格「SGMII」まで1波長で10Gbps、光源と到達距離の異なる「10GBASE-W/R」の各規格10Gbpsのフレッツ光で使われる「10GBASE-PR」、既存ケーブルを流用できる「10GBASE-LRM」XENPAK→X2→XFP→SFP+と移った10GBASEのトランシーバーモジュール規格10Gbpsのシリアル通信規格「XFP」、これを置き換えた「SFP+」10GbEの次は40GbEと100GbE、HSSGによってともに標準化の開始へ最大100Gbps、「IEEE 802.3ba」として標準化された8つの規格IEEE 802.3baで定義されたInterconnectとトランシーバー規格100Gbpsで100mを目指す「P802.3bm」、IEEE 802.3baをブラッシュアップ最大100Gbps・100mの「100GBASE-SR4」と40Gbps・40kmの「40GBASE-ER4」CFPのサイズ半分、最大200Gbpsの「CFP2」、さらに小型化された「CFP4」40Gbpsの「QSPF+」、50Gbpsの「QSFP56」、112Gbpsの「SFP-DD」「QSFP28」25Gbps×4で100Gbps、光Ethernet第2世代「IEEE 802.3bm-2015」の各規格が標準化50Gbpsに対応する5つの規格「50GBASE-KR/CR/SR/FR/LR」「25G PAM-4」で100/200Gbpsを実現する7規格と、SMF1対で100Gbpsの「100G PAM-4」25Gbps×8の「200GBASE-R」では4つのモジュール規格が乱立最大400Gbpsを実現する2つのモジュール規格「OSFP」「CDFP」1レーン50Gbpsで最大400Gbpsを実現する「P802.3bs」レーンあたり50/25Gbpsで400Gbpsを実現する「IEEE 802.3bs」の各規格53.125Gの「PAM-4」を4対束ねた「PSM4」で最大400Gbps「400GBASE-DR4」アクセス回線向けの光ファイバー規格「IEEE P802.3cp/P802.3cs/P802.3ct」位相変調した光信号を復号するコヒーレント光、波長分離多重の「DWDM」併用の「400ZR」「100GBASE-ZR」を残し「IEEE P802.3ct」から「400GBASE-ZR」を分割1対のMMFで100Gbpsを目指す「IEEE P802.3db」IEEE標準ではない光Ethernetの各規格、100G/400G/800Gですでに登場SWDMを用いた100/40Gbpsの「100G-SWDM4-MSA」と「40G-SWDM4-MSA」「100GBASE-LR4」と「100GBASE-SR10」の間を埋める最大100Gbpsの「100G PSM4 MSA」SMF1本で25Gbps×4の100Gbpsを実現、到達距離2kmの「CWDM4 MSA」、40kmの「4WDM MSA」100Gbpsで10/20/40kmの到達距離を狙った「100G 4WDM-10/20/40」「100G PAM-4」で最大100Gbps、到達距離2kmの「100G-FR」と10kmの「100G-LR」SMF1対で100Gbpsの「100G LR1-20/ER1-30/ER1-40」、4本束ねて400Gbpsの「400G-FR」最大400Gbps、到達距離2kmの「400G-FR4」と到達距離10kmの「400G-LR4-10」最大100Gbpsで250kmを伝送可能な「MSA-100GLH」、巨大なサイズと消費電力で採用進まず最大400Gbps、到達距離10kmの「CWDM8」、8×50G NRZの採用で低コストと低電力を実現400Gbpsで到達距離2kmと10kmの「CWDM8 2km/10km」、低OH濃度SMFの採用で損失を抑える400Gを光ファイバー1本で双方向通信する「400G BiDi MSA」、「400GBASE-SR8」を先行規格化50Gが8対で400Gbpsの「400G-BD4.2」、消費電力増や高コストが課題にIEEE「400GBASE-SR4.2」は先行した「400G-BD4.2」と相互互換性を確保高コストで普及に至らない「400GBASE-SR8」と、さらに高価な「400GBASE-SR4.2」最大800Gbpsの100G PAM-4 PHY、ベンダー各社がサポート、受発光素子普及のカギは940nm?ETCがリリースした「800G Ethernet」の仕様は400Gを2つ並べる構造に「QSFP-DD MSA」を発展させる「QSFP-DD800」、供給電源など今後に課題も最大800Gbpsを目指す「800G Pluggable MSA」、3つの変調方式を採用高帯域と低レイテンシーの一方で到達距離は限界へ、800Gへ想定される4つのシナリオPSM4とCWDM4で1.6Tb/secを実現し、到達距離も延長「800G Pluggable MSA」800G Ethernetに関連、OSFP MSAと2つのIEEEの動向800Gの本命「IEEE 802.3 Beyond 400 Gb/s Ethernet」、100/200Gの信号で800G/1.6Tを実現200G×8の1.6Tbps、×4の800Gbpsでの転送実現は2023年?100Gが8対の「800GBASE-VR8/SR8」が仕様に追加、BERの目標値決定にはさらなる情報が必須200GにおけるElectricalインターフェースを検討、通信に必要な消費電力は半減へBeyond 400 Gb/s EthernetにおけるOTNサポートは4月の投票でいったん否決1.0E10年のMTTFPAを維持、1.0E-14のBER Targetには高コストなFECが必要にFacebookやMicrosoftのDC事業者が先行、Beyond 400G Study Groupは800Gと同時に1.6Tの標準化を主張200Gの光伝送は技術的に実現可能、一定の損失を前提にすれば現実的なPAM6の検討も?800Gb/sと同時に1.6Tb/s Ethernet仕様も策定へ 200Gb/sレーンの製品出荷は2027年頃?到達距離10kmの「800G-LR」に向け、Coherent-Lite方式を検討を求めるGoogle200Gのシリアルと800GのWDM、どっちが先に100万ポート出荷を実現できるのか?400・200Gb/sのサポートなど、2021年7月ミーティングへの投票は可決が多数800Gで10kmの到達距離を実現する「800Gbps/10km Reach SMF」の4案800Gで到達距離40kmを目指す「ER8」、MZMを採用し、400G向けDSPを2つ並列銅配線での8レーン800Gが規格化、レーンあたり200Gも実現へ?「IEEE P802.3df」のPAR分割に向けた動き、作業効率化の一方で異論も?800G実現に向け、PDM-32QAMで96G/192GBaudとPDM-16QAMで120G/240GBaudをリストアップこれまでの光Ethernet規格振り返りと、「40GBASE-FR」をめぐる議論の経緯「IEEE 802.3cn-2019」は若干のパラメーター変更のみ、「100GBASE-AR/400GBASE-AR」は現時点で幻に「100GBASE-AR」と「400GBASE-AR」は「IEEE P802.3cw」に、PMDの仕様を定義して2023年中ごろに標準化?到達距離500mの「CWDM4-OCP-100G」、低価格な100G Ethernet規格として広く流通し始める#series-contents .current-page { font-weight: bold; }
大原 雄介
フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/

「Wi-Fi CERTIFIED Location」に残された課題と、空間情報を把握する規格「Wi-Fi Sensing」の広がり

4ペアで最大51Wを実現するPoE+こと「IEEE 802.3at」
▲[期待のネット新技術]の他の記事を見る

関連リンク IEEE 802.3af-2003 IEEE 802.3at-2009 IEEE 802.3bt-2018 DTE Power via MDI(PoEに関するCFI、PDF)

関連記事
EthernetのRJ45ジャックが世界共通の電源に~IEEEが「802.3af-2003」を承認
2003年6月24日

連載
ネット新技術
ケーブル変えずに5倍速! CAT5が使える「2.5G/5GBASE-T」、消費電力も低減
2017年11月16日

連載
ネット新技術
低価格な光ファイバーで1Gbpsを実現する車載向けがメインの「GEPOF」
2020年5月12日

連載
ネット新技術
アクセス回線向けの光ファイバー規格「IEEE P802.3cp/P802.3cs/P802.3ct」
2020年10月13日

投稿者 Akibano

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です